第11章では以下の点について学んでいきます。
- マーケティングの基礎
- イノベーション
マーケティングの基礎
ここではマーケティングの基礎について解説していく。
マーケティングとは
フィリップ・コトラーによれば、マーケティングとは以下のようなものだと考えられている。
消費者の購買意思決定プロセス
マーケティングを行うにあたり、消費者の行動を理解することが有用である。
消費者が購買に至るプロセスを理解することにより、各プロセスで検討するべき施策を明確にすることができる。
コトラーは、消費者が購買に至るまでの購買意思決定のプロセスを次のように説明している。
問題認識
購買プロセスは、不足感や不満、不自由さといった問題やニーズを消費者が認識した時から始まる。
問題認識は、例えば、空腹や渇きなど内部の刺激、広告や羨望など外部の刺激によって引き起こされる。
マーケティングの実施にあたっては、消費者の問題認識やニーズは、どのような状況で生じるのかを把握することが重要である。
情報探索
消費者は、問題やニーズを認識した場合、その問題解決のための情報探索を行う。
その情報源として、以下のようなものが挙げられる。
- 家族、友人等の「個人的情報源」
- 広告、Webサイト等の「商業的情報源」
- マスメディア、消費者団体等の「公共的情報源」
- 製品の操作、使用等の「経験的情報源」
マーケティングの実施にあたっては、消費者が頼りにする情報源と、各情報源が購買決定にもたらす相対的な影響力に注意を払うことが重要である。
代替品の評価
情報探索により得た代替可能な複数の選択肢を比較検討し、評価を行う。
評価プロセスを理解するにあたり、次のような概念の検討が有用と考えられる。
- 消費者はニーズを満足させようとしている
- 消費者は製品に一定のベネフィット(製品から得られる利益)を求めている
- 消費者は製品を属性の束(ニーズを満たすベネフィットを提供する多様な能力を備えるもの)とみなしている
マーケティングの実施にあたっては、ターゲットとする消費者が製品のどの属性を重要視しているかを把握することが大切である。
購買決定
消費者が評価を定めた後でも、購買の決定に至るまでに、「知覚リスク」の影響を受けて購買決定を変更したり延期する。
購買・消費に際し、消費者が知覚するリスクには次のようなものがある。
- 機能的リスク:製品が期待通りに機能しない
- 身体的リスク:製品の仕様により身体的健康に害を及ぼす
- 金銭的リスク:製品が支払った代価に見合わない
マーケティングの実施にあたっては、ターゲットとする消費者がどのよなリスクを重く受け止めているかを理解し、情報やサポートを提供する等の方法で消費者の知覚リスクを軽減することが重要である。
購買後の行動
消費者は、購買後、そのニーズを満たすために製品を使用する過程で、その購買が適切な選択ではなかったのではないかという疑問(バイヤーズリモース)を抱いた場合、自己の選択を肯定・支持する情報に敏感になる可能性がある。
マーケティングは、消費者による購買で終わりではなく、購入お礼状の送付やアフターフォロー等、種々のアプローチを用い、消費者の選択の正しさを裏付ける情報や評価を提供し、消費者が満足できるよう努める必要がある。
なお、コトラーは、消費者が製品を購入するに際し、必ずしも上記の5つのプロセスのすべてを経るわけではなく、これらのプロセスのうち、いずれかを省略することもあれば、異なる順序をたどることもあるとしている。
しかし、これらのプロセスは、消費者が新たな購買をすることについて関心が高い場合の心の動きをカバーしているため参考になるとしている。
マーケティング・プロセス(Marketing Process)
次に示すようなマーケティングの手順をマーケティング・プロセス(Marketing Process)という。
- 環境分析:マーケティング環境を分析して、自社の強みを生かせる市場を探す
- 市場の細分化(セグメンテーション)と絞り込み(ターゲティング):1で見つけた市場におけるニーズを分析し、ニーズによって市場を分類する。このように分類した市場のニーズに対して、自社の強みが活かせるセグメント(ニーズのかたまり)を選択する
- ポジショニング:2で絞り込んだセグメントの顧客に自社が提供できる価値を定義する。自社製品が競合他社の製品より優位であると認められる価値を定義する
- マーケティング・ミックス(マーケティングの4P):3で定義した価値を2で絞り込んだセグメントの顧客に伝えるため、製品(Product)、価格(Price)、流通経路(Place)、販売戦略(Promotion)の施策を組み合わせる
- マーケティングの実行と検証:1~4で定めた計画を実行し、実行結果を検証・分析する
環境分析
マーケティングは、自社がおかれている環境(マーケティング環境)の分析から開始する。
マーケティング環境の分析には、第8章第3節で述べた様々なフレームワークを活用することが有用である。
マーケティング環境とは、マーケティング活動に影響を及ぼす事象をいい、自社の外側と内側とに区別して外部環境と内部環境に分類することができる。
外部環境の例:政治・社会・経済の情勢
内部環境の例:自社の状況、すなわち、自社の強みや弱みがどこにあるか
環境分析においては、自社のマーケティング目標もあわせて検討する。
環境を分析する場面で、自社が何を目指すのかをあわせて考えることは重要である。
マーケティング目標としては、売上利益、市場シェア、顧客満足度などを検討する。
市場の細分化(セグメンテーション)と絞り込み(ターゲティング)
次に、市場の顧客をグループ分けする。
マーケティングにおいては、市場を構成する顧客は、それぞれ異なるニーズを持っているものと仮定される。
セグメンテーションとは、このような顧客のニーズをある程度のかたまりごとにグループ分けすることをいい、ニーズのかたまりを「セグメント」という。
そして、その次に、セグメントのうち、自社が優位な地位を維持できそうな標的市場を選定することをターゲティングという。
ポジショニング
セグメントから標的とする市場を選定した後は、その市場における競合企業に対する優位性を確保するために、自社製品の位置づけを明確にする。
すなわち、ポジショニングは、ターゲットとする市場の顧客に対して、自社の強みを生かし、自社の製品やサービスの優位な点を明確に位置づける。
マーケティング・ミックス(マーケティングの4P)
マーケティングの4Pといわれる製品(Product)、価格(Price)、流通経路(Place)、販売戦略(Promotion)において具体的に戦略を練ることをマーケティング・ミックスという。
マーケティング・ミックスの詳細については後述する。
マーケティングの実行と検証
マーケティングを実行する。
チーム・メンバーなどに必要な業務を分担し、予算と期限を設置して計画を実行する。
マーケティング計画を実行している間は、スケジュール通りに進んでいるかなどを管理し、ある程度の期間ごとに効果を測定する。
マーケティング・ミックス(マーケティングの4P)
マーケティングの4Pは、アメリカのマーケティング学者であるジェローム・マッカーシー (Jerome McCarthy)が1960年に提唱したものである。
製造業におけるマーケティングを前提として提唱されたものであるために、製造業以外の事業のマーケティングに当てはめる場合は注意が必要な面もあるが、4Pはマーケティングの基本的な概念といえる。
製品(Product)
市場に投入する製品・サービスそのもの。
製品の品質や機能、デザインに加えて、製品名や容器も「製品」に含まれる。
価格(Price)
製品の価格。
価格は、利益の確保だけでなく、顧客の「値ごろ感」や製品のイメージ(高級か低級か)にも影響を与えるため、重要である。
標準価格の設定、値引きの可否などを検討する。
流通経路(Place)
製品・サービスの提供地域、物流、販売チャネル、陳列法に関する項目。
製品・サービスがエンドユーザーの手元に届くまでの経路を検討する。
販売戦略(Promotion)
顧客に自社の製品・サービスを知ってもらい、需要を喚起させる活動である。
これには、広告、人的販売(販売員等による販売活動)、イベントやキャンペーンなどの販売促進を含む。
イノベーション
ここでは、イノベーションについて解説していく。
イノベーションを生み出す7つの機会
企業は、絶え間なく新たな価値を創造し、市場にその価値が受け入れられなければ存続することはできない。
市場に受け入れられる新たな価値を創造することが「イノベーション」である。
世の中をより快適で豊かなものにするような新たな価値を提案し、消費者の共感や支持を得て事業を成功に導くために、イノベーションは重要な役割を担う。
イノベーションは下図のように①~⑦の7つの機会から生じる(Peter Drucker)。
予期せぬこと
予期せぬ成功、失敗その他の出来事は、イノベーションの機会となる。
予期せぬ成功は、あらかじめ計画されていたことではないとして軽視され、場合によっては無視されることもある。
マネジャーは、このような予期せぬ成功をイノベーションの機会として受け止め、新たなビジネスのチャンスとして活かすように心掛けるべきである。
これに対して予期せぬ失敗は、単に計画が正しくなかったり計画の実施を失敗したものと捉えたりすることがある。
しかし、しっかりと計画し慎重に実施したにもかかわらず予期した結果が得られなかった時には、何か予想していなかった変化が起きているのかもしれない。
このように、予期せぬ失敗からうかがうことができる変化を捉えることによって、イノベーションの機会とすることができる。
ギャップ
理想と現実のギャップなどは、イノベーションの機会となる。
例:好景気で需要が伸びているにもかかわらず自社の業績が振るわず、需要の伸びから予想される業績と実際の業績との間にギャップがある場合、その需要を満たす新たな製品やサービスを開発する機会ととらえることができる
また、競合他社が誤った認識に基づいて事業を行っていると考えられる場合、自社にはビジネスのチャンスがある。
例:多くの消費者は機能は少なく安価な商品を望んでいるのに、競合他社は多機能で高価な商品を市場に供給しているような場合
ニーズ
自社の商品やサービスを利用している顧客のニーズを満たす新たな商品やサービスを開発できれば、大きなビジネスチャンスとなる。
したがって、ニーズはイノベーションの機会の1つである。
例:企業にとって、固定費として収益を圧迫する人件費を削減したいというニーズは、強固に存在している。
したがって、どのような豪快にあっても、人件費を削減できるようなイノベーションは、広く受け入れられる可能性がある
産業構造の変化
産業と市場の構造変化は、イノベーションの機会の1つである。
例:急速な成長を遂げている産業では、産業構造の変化が起き、従前行われてきた方法を急速に陳腐化させ、全く新しい方法が生み出されることがある
人口構造の変化
市場における人口の増減、年齢構成や所得の変化など、人口構造の変化はどのような商品やサービスが誰によってどれだけ求められるかに影響する。
とくに、全人口の中で最も多い人数を構成する年代の推移については、注意が必要である。
例:団塊の世代が40代の頃と60代、70代を迎える頃では、その世代が欲する商品やサービスは変わってくる。
年齢構成の変化に伴う需要の変化を現実のものとしてとらえることによって、イノベーションが可能となる
認識の変化
イノベーションの機会としての認識の変化とは、消費者の認識の変化を指す。
例:野菜に対する嗜好として、傷がなく形の良い野菜が最も良いという認識が一般的になり、市場にそのような野菜しか流通しなくなった後に、傷があったり形の悪い「わけあり」の野菜でもよいという消費者が現れた場合には、イノベーションの機会となる
新しい知識の出現
いわゆる発見や発明であり、最もわかりやすいタイプのイノベーションの機会といえる。
例:青色発光ダイオードの発明・普及により、信号機の光源がLEDに取って代わるなど、社会に大きな変化をもたらした
このように、新しい知識の出現によるイノベーションは、社会で重要な役割を果たす。
ただし、新しい知識によるイノベーションは、その発見・発明から実用化まで長い期間を要し、また多くの失敗を必要とするなどの問題がある。
イノベーションから収益を得るための「イノベーター理論」
ここではイノベーションから収益を得るための「イノベーター理論」について解説していく。
イノベーションが波及するステップ
イノベーションによって生み出された商品やサービスを消費者に普及させ適切な利益を得るために参考にすることができるのがイノベーター理論である。
この理論は1962年にスタンフォード大学の社会学者であるエヴェリット・ロジャース(Everett Rogers)が提唱した。
革新的な製品は、まずはイノベーターとアーリー・アダプターに向けて提供する。
イノベーターとアーリー・アダプターはいわばマニアであって、新たな製品やサービスを自ら試すこと自体に楽しみを感じる層といえる。
もっぱらイノベーターとアーリー・アダプターが製品等を購入していた段階を超え、アーリー・マジョリティやレイト・マジョリティにまでイノベーションが普及すると、競合他社が同様の製品・サービスを市場に投入してくるので徐々に競争が激しくなってくる。
イノベーションの成否を分ける「キャズム(Chasm)」
革新的な製品が提供されても多くの消費者に利用されるまで普及することなく、短期間で市場から姿を消すことがある。
一方、当初はもっぱら一部のマニアのみが使っていた製品が一般消費者にまで普及することもある。
これらの差は、何によってもたらされるのだろうか。
前述した5つのタイプの中で、アーリー・アダプターとアーリー・マジョリティとの間には、著しい特徴の違いがある。
そのため、イノベーターやアーリー・アダプターには好意的に受け入れられていた革新的製品をアーリー・マジョリティに受け入れてもらうためには、導入期とは異なるマーケティング戦略が必要になる。
イノベーションが一般消費者に普及せず市場から姿を消す場合、このアーリー・マジョリティに受け入れられなかったことが原因となることがある。
このように、アーリー・アダプターを超えてアーリー・マジョリティに普及する困難さを、「溝」になぞらえて、「キャズム」と呼ぶ。
アメリカのマーケティングコンサルタントであるジェフリー・ムーア(Geoffrey Moore)は、キャズムを超え、イノベーションを一般に普及させるために、アーリー・アダプターだけでなく、アーリー・マジョリティに対してもマーケティングが必要であることを提唱した。
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