第1章では以下の点について学んでいきます。
- マネジャーが直面するビジネス環境
- マネジャーに求められるミッションと5つの役割
- マネジャーの資質
- マネジャーの心得
マネジャーが直面するビジネス環境
近年の企業ビジネスを取り巻く環境(社会・経済環境、企業の競争環境、雇用・働き方、個人のライフスタイル、地球環境など)は常に目まぐるしく変化している。
このようにビジネス環境の複雑さから未来を予測するのが難しい現代社会の特性を「VUCA(ブーカ)」と呼ぶことがある。
VUCA(ブーカ):ビジネス環境の複雑さから未来を予測するのが難しい現代社会の特性
・Volatility(変動性)
・Uncertainty(不確実性)
・Complexity(複雑性)
・Ambiguity(曖昧性)
マネジャーは、このような変化に対応し続ける必要がある。
自らの経験を基礎としながらも、常に新しい知識や技術を学び続けることが不可欠である。
従来のように、部下に対して画一的な働き方を指導・育成するのではなく、多様性があり自ら考えて行動できる部下を育成し、前例にとらわれることなく変革に挑戦することが求められる。
また、スマートフォンをはじめとする携帯型端末の普及により、人々の暮らしにデジタル技術が浸透した。
デジタル社会の実現に向けた司令塔として、日本ではデジタル庁が設置されている。
日本で世界水準のデジタル社会を実現するために、デジタル庁は「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を策定している。
この計画は、デジタル社会の実現に向けて、政府が迅速かつ重点的に実施すべき施策を明記し、各府省庁が構造改革や個別の施策に取り組み、それを世界に発信・提言する際の羅針盤となるものである。
デジタル社会形成基本10原則
- オープン・透明
- 公平・倫理
- 安全・安心
- 継続・安定・強靭
- 社会課題の解決
- 迅速・柔軟
- 包摂・多様性
- 浸透
- 新たな価値の創造
- 飛躍・国際貢献
マネジャーとして想定される30歳~50歳の層は年々減少傾向にある。
人口の長期的な減少傾向が続く中で、マネジャーは、数少ない部下をいかに効率よく機能させ、仕事のできる部下を育てていくかという大きな課題を担っている。
より少ない人数で業務をこなしながら、チームメンバーの労働時間を一定の範囲にとどめる方法の1つに「デジタル技術の活用」がある。
例:ソフトウェアやデジタル機器の利用によるルーティンワークの自動化など
また、マネジャーは、国籍や性別等、それぞれの人の立場や環境を理解した上で円滑なマネジメントを実行することが求められる。
近年のビジネスを取り巻く環境は、多くの企業にとって、将来の持続的な成長が容易であるとは言い難い状況である。
従来の短期的利益の過度な追及により、自然環境に多大な影響が及び、人類の生存基盤までもが脅かされる状況となっている。
このような状況のもと、マネジャーは、現在の経済活動を続ければ持続可能な人類の生存が脅かされるという危機感から生まれた考え方であるSDGsについて理解しておく必要がある。
SDGs(Sustainable Development Goals: 持続可能な開発目標)
- 貧困をなくそう
- 飢餓をゼロに
- すべての人に健康と福祉を
- 質の高い教育をみんなに
- ジェンダー平等を実現しよう
- 安全な水とトイレを世界中に
- エネルギーをみんなに そしてクリーンに
- 働きがいも経済成長も
- 産業と技術革新の基盤をつくろう
- 人や国の不平等をなくそう
- 住み続けられるまちづくりを
- つくる責任 つかう責任
- 気候変動に具体的な対策を
- 海の豊かさを守ろう
- 平和と公正をすべての人に
- パートナーシップで目標を達成しよう
SDGsの経済効果推計
その達成によりもたらされる市場機会の価値:年間約12兆ドル
世界で2030年までに創出される雇用:約3億8,000万人
SDGsを理解することは優秀な人材の確保にもつながる。
なぜなら、若い世代(いわゆる「ミレニアル世代」や「Z世代」)には社会問題や環境問題に対する意識が高いという特徴があるからである。
経済産業省による「SDGs経営ガイド」では、「ミレニアル世代は、どのような社会貢献をしているかをビジュアルに感じられない企業では、あまり働きたくないと考えているようだ。皆が働く目的、消費する目的をもとめており、それを可視化できない企業は投資家のESG資金(後述)も引き寄せられず、ミレニアル世代の優秀な人材も採用できないという時代が来ているのではないか」と述べている。
近年、世界中で急速にESG投資が拡大している。
ESG投資:投資家が投資対象の企業を選定する際に、企業の財務状態に加えて以下のE, S, Gを重視する投資
E(Environment = 環境):温室効果ガスの削減等、水質汚染の改善、気候変動への対応などの環境問題対策
S(Social = 社会):ジェンダー平等の実現、格差や人権問題の解決、地域社会への貢献など
G(Governance = ガバナンス):不祥事の回避、不正のない公正な経営や情報開示など
ESGに配慮した経営を行う企業は投資家や金融機関に支持されやすくなると想定される。
また、ESG投資は企業のサプライチェーンも投資の判断材料としている。
仮に自社が投資家による投資の対象となることに重点を置かない中小企業であっても、SDGsに取り組まない場合はサプライチェーンを構成する取引先として、選定から除外されるリスクがある。
マネジャーに求められるミッションと5つの役割
マネジャーのミッションを一言で表すと、「チームとして成果を出す」ことである。
どんなに優秀であっても個人が生み出せる成果には限界がある。
様々な課題やリスクを乗り越え、成果を安定的に生み出し続けるためには、チームとして機能することが必要である。
そのため、組織はチームとして成果を出すことを重要視し、その達成をマネジャーに求めている。
ここでは、マネジャーがそのミッションを達成するために必要となる5つの役割について解説していく。
1. 経営方針とチームの目標を共有・浸透させる
マネジャーは、チームの目標を設定するにあたり、企業理念や経営方針をよく理解し把握していなければならない。
その上で、部下の強みをいかんなく発揮させるとともに、責任ある活動をさせて部下をチームの目標に導いていかなければならない。
そのために、マネジャーはチームメンバーに自チームの目標を明確に示し、その達成に向けてメンバーを導いていくことが重要である。
2. 戦略を策定・実行し、問題を解決しながら目標を達成する
マネジャーは、組織の管理職として経営の一端を担うものであり、経営層が決定した経営方針を具体化するために目標を設定し、その目標を達成するために様々な戦略を策定・実行する役割を担う。
まず、マネジャーは、チームとしての業績目標を達成する責任を負う。
マネジャーは業績目標を具体的な業務計画に落とし込み、自らのマネジメントによって収益の確保やサービスの実現といった業績目標を達成しなければならない。
3. チームのエネルギーを最大化する
マネジャーは、チームとしてのエネルギーを最大化するために、自らが中心となり、部下との絶え間ないコミュニケーションを通じて部下のモチベーションを高めて、部下一人ひとりの長所を生かし短所を補いながら、その強みを発揮させなければならない。
このようなマネジャーの働きによって、個々の部下がそれぞれ持っているエネルギーの単純合計を超えた、チームとしてより大きなエネルギーを生み出すことが期待されているのである。
そのためにマネジャーは常に改善すべき点はないか考える必要がある。
asking the right questions(マネジャーは真に解決すべき問題が何かを常に問い続けなければならない)
4. 部下を育成し評価する
チームとして成果を出すことはもちろん、組織が持続的に存続し成長するためには、常に次世代の人材を育てていくことが不可欠であり、マネジャーは次の世代を担う人材として部下を育てる責任がある。
マネジャーは、部下を育成するとともに、自らの成長にも取り組まなければならない。
部下はマネジャーが自己啓発に取り組んでいるのを見て、よりいっそう自己を成長させなければならないと感じるからである。
また、人材の育成は、その人材の評価と切り離して考えることができない。
マネジャーは、そのチーム全体の業績評価の基準と、部下一人ひとりの業績評価の基準を定めなければならない。
そして、チームとして成果を出せたか、あるいは部下は予定していた結果を出せたかについて、業績基準に基づいて評価する。
これは、人と組織のマネジメントにおけるマネジャーの重要な仕事の1つである。
5. リスクを迅速かつ適切に処理する
マネジャーは、日々の業務に潜むリスクに気づき、その顕在化を未然に防止し、また、緊急かつ例外的に発生するリスクについて迅速かつ適切に判断・対応をしなければならない。
これらの対応は、あらかじめ定められたマニュアルを単に当てはめるだけではうまく機能しない。
リスクの予見・防止
マネジャーは、チームメンバーである部下の業務遂行にいかなるリスクがあるか、またリスクの発生を未然に防ぐためにいかにチームをマネジメントすべきかを常に考えなければならない。
これらは、いわば「平常時」におけるマネジャーのリスクマネジメントとして、どのように業務を進め、また、どのようにチームメンバーとコミュニケーションをとればリスクの顕在化を防止することができるかを考えることとなる。
緊急時対応(マネジャーの真価が問われる)
緊急かつ困難な問題が発生したとき、いかにその苦境を乗り切るかということは、マネジャーに求められる重要な役割の1つである。
言葉を換えると、機能性のある優秀なチームとは、リスクの発生を防止できるだけではなく、リスクが発生したときに、マネジャーの指示のもとに迅速かつ適切に対処することができる集団である。
マネジャーの真価が問われるのは、不測の事態が発生したときにどう対応したかということである。
マネジャーの資質
マネジャーにとって欠くことのできない資質に「真摯さ」がある。
ピーター・ドラッカーは、この資質を「Integrity(インテグリティー = 真摯さ)」といい、マネジャーの業務遂行能力や、人柄といったものの基盤ともいえる根本的な資質だと言っている。
ここではこの「真摯さ」とは何かについて解説していく。
ピーター・ドラッカーが考えるマネジャーとして不適格なタイプ
・人の強みよりも弱みに目のいく者
・評論家(口ばかりで実践できない者)
・何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者
・真摯さよりも頭の良さを重視する者
・できる部下に脅威を感じることが明らかな者
・自らの仕事に高い基準を設定しない者
1. 業務に対する「真摯さ」
業務に対する「真摯さ」で重要なのは、マネジャーとして、企業から期待されている成果を上げるという、粘り強さと強い意志である。
そのためには現実を直視して受け入れ、感情的ではない合理的な判断を下す必要がある。
むやみに業務を推し進めたり、部下を厳しく叱責したりするだけでは物事を成し遂げることはできない。
そして、マネジャーに降りかかる日常的なリスクや、業務上の大きな逆境に対しても、現実を見据え、より本質的な問題解決を図る姿勢を持ち、その結果に対する責任を引き受ける強さと勇気が必要である。
また、リスクを回避しているだけでは、チームとしての成長も、大きな成果も上げることはできない。
リスクを精査することは重要だが、そこに成長と発展の機会があるのなら、積極的にそのリスクに取り組む意欲と覚悟を持つこともマネジャーには求められる。
2. 部下に対する「真摯さ」
マネジャーは、部下の心をつかみ、それぞれの持ち味を生かし、チームとして最高の能力を発揮させることが理想である。
そのためには「真摯さ」が不可欠となる。
単に表面的にフランクな態度で友達のように接するということではなく、部下一人ひとりに対して真正面から向き合い、自分の考えを押し付けることなく部下の希望や考えに耳を傾け、「絆」を結ぶことが重要である。
3. 自分に対する「真摯さ」
自分に対する「真摯さ」は、前述した「業務」や「部下」に対する「真摯さ」の基本であり源であると言える。
まず、自分と他人の違いを理解し、自己のアイデンティティ(明確な自己像)を意識することが必要である。
そのために、マネジャーは、自分自身が広い視野を持って現実を直視し、何が正しいかを見極める基準を持つことが大切である。
マネジャーは時として孤独な存在となり、マネジャー自身が責任をもって判断することを求められる。
そのため、いつも自分の判断の水準を高める努力をし、基準の正しさを問い続けること、自分の言動がその基準に一致しているかどうかを振り返る努力を続けることが重要である。
マネジャーは、目標達成のために必要なあらゆる情報を収集し、分析しなければならない。
そこで必要となるのが好奇心である。
好奇心は業務への意欲の表れであり、その意欲が新しいアイデアにつながる。
ただし、手当たり次第に情報を集めればいいわけではない。
マネジャーには、マクロの視点とミクロの視点を使い分けながら、情報を収集し分析する力が必要となる。
具体的には、戦略的に、先を見通せる情報なのか、目下の事業に有益な戦術的情報なのかを選別しながら、情報を収集し、分類し、自分の判断の糧とする習慣を身に着けることが大切である。
マネジャーの心得
マネジャーになるということは、部下から上司へと「立場が変わる」ということである。
優れたマネジャーは、自分の個性とマネジャーの理想形のギャップを真摯に意識し、状況に応じて自分の個性を発揮してよい場面と、自分の個性を抑えるべき場面を敏感に察知する。
マネジメントの成功は、様々な要素を、迅速に分析し状況に対応できるか否かにかかっている。
バランスのとれたマネジャーは、処理すべき課題に応じて自分の役割を適切、かつ柔軟に対応させることができる。
マネジメントの目的は、チームのメンバーである部下や、業務に関係する人々と協同して成果を挙げることである。
マネジャーとしての役割を適切に果たすことによって、効率のよいバランスの取れたマネジメントが可能となる。
マネジャーといえども完全無欠ではない。
時として間違いが生じることもある。
このとき、「自分は間違ってはならない」と過度な完璧主義に陥らないことと、「自分が間違ったことを認めると、メンツがつぶれる」と思わないことが重要である。
間違いに気が付いたり指摘されたら、潔く間違いを認めることが大切である。
部下は、間違いを認めないマネジャーを「プライドの高い狭量な人間」と見抜いてしまうものである。
そうなると次第にチームの連帯感は薄れ、マネジャーの役割である目的達成に対する大きな阻害要因となってしまう。
間違いに気づき、潔くそれを認めるマネジャーは、部下の目からも爽やかに映り、その後もコミュニケーションもずっと楽になる。
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